- 標準必須特許 (SEP) って具体的にどういう特許なの?
- 標準必須特許 (SEP) が注目されているけど、通常の特許と比べて何がそんなに良いのだろう…
- 標準必須特許 (SEP) に関してどのような活動を行うべきなのかよく知らない。
技術の標準化が行われる移動体通信 (5G/4G/LTE) については、標準必須特許 (SEP) が特に重要な特許になります。
そのため、5G/4G/LTEの知財担当者は、5G/4G/LTEに関する特許業務を行うにあたって、標準必須特許 (SEP) というものをよく理解しておく必要があります。
そこで、この記事では、標準必須特許 (SEP) の概要を説明します。
この記事を読めば、標準必須性特許 (SEP) の要点を知ることができます。
標準必須特許 (Standard Essential Patent: SEP) とは
標準必須特許 (Standard Essential Patent: SEP) とは、標準 (standard) に準拠するために実施せざるを得ない発明の特許です。
すなわち、SEPとは、標準に準拠する製品またはサービスを提供すると必ず踏んでしまう(=侵害してしまう)特許です。
もう少し具体的な言い方をすると、SEPとは、標準 (standard) で定められている技術(以下、標準技術と呼ぶ)を包含する技術的範囲をもつ発明の特許です。
標準に準拠する製品やサービスには標準技術が取り込まれています。
そのため、標準に準拠する製品またはサービスの提供は、標準技術を包含する技術的範囲をもつ発明の実施に該当し、当該発明の特許(すなわち、SEP)の侵害行為となるのです。
標準必須特許 (SEP) の例
より理解を深めるために、標準必須特許 (SEP) の具体例を見ていきましょう。
標準技術の例
ここでは、5Gと4G/LTEの両方で定められているaperiodic SRS (Sounding Reference Signal)という標準技術を例として挙げて説明します。
SRSは、UE (User Equipment) からRAN (Radio Access Network) へのアップリンクのチャネルをRANが測定するためにUEにより送信される信号です。
SRSには、periodic SRSとaperiodic SRSとがあります。5Gでは、さらにsemi-persistent SRSも定められています。
periodic SRSは、あらかじめ設定された周期で送信されるSRSですが、aperiocid SRSは、RANからの要求に応じてダイナミックに送信されるSRSです。
具体的には、RANは、UEに割り当てられる無線リソースを示すリソース割当情報を含むDCI (Downlink Control Information) をUEへ送信します。このDCIに含まれるSRS requestという情報が特定の値をもつ場合に、apeciodic SRSがトリガされます(すなわち、UEによりaperiodic SRSが送信されます)。
つまり、特定の値をもつSRS requestは、aperiodic SRSの送信を要求する情報となっています。
SEPのクレームの例
次に、SEPのクレームの例として、上述したような標準技術(すなわち、aperiodic SRS)を包含する技術的範囲をもつ発明のクレームを説明します。
例えば、UEの装置クレームとして、以下のようなものが考えられます。
【請求項X】
ユーザ機器であって、
前記ユーザ機器に割り当てられる無線リソースを示すリソース割当情報とリファレンス信号の送信を要求する要求情報とを含む制御情報を基地局から受信する受信処理部と、
前記要求情報に応じてリファレンス信号を送信する送信処理部と、
を備えるユーザ機器。
例えば、RANの装置クレームとして、以下のようなものが考えられます。
【請求項Y】
ユーザ機器に割り当てられる無線リソースを示すリソース割当情報とリファレンス信号の送信を要求する要求情報とを含む制御情報を生成する生成部と、
前記制御情報を前記ユーザ機器へ送信する送信処理部と、
を備える基地局。
以上のようなクレームを含む特許はSEPであると言えます。
標準必須特許 (SEP) のメリットとデメリット
標準必須特許 (SEP)と通常の特許を比べた場合、特許権者にとってSEPのメリットとデメリットは何なのでしょうか。
SEPのメリット
SEPのメリットは、特許侵害の発見と立証が容易であることです。
通常の特許の場合には、特許を侵害していそうな他社の製品またはサービスに目星をつけ、その製品またはサービスが特許を侵害しているかを実際に調査する必要があります。また、このような侵害調査を会社ごとに(あるいは製品またはサービスごとに)行う必要があります。さらに、侵害調査を行ったとしても、特許侵害の有無を確認できるとは限りません。
一方、SEPの場合には、特許が標準に合致しているか(すなわち、特許がSEPか)を調べる必要があります。より具体的には、特許発明の技術的範囲が標準技術を含むかを調べる必要があります。
しかし、SEPの場合には、通常の特許とは異なり、他社の製品またはサービスが特許を侵害しているかを実際に調査する必要はなく、また、会社ごとに(あるいは製品またはサービスごとに)侵害調査を行う必要もありません。なぜならば、他社の製品またはサービスは、基本的には標準に準拠しており、SEPを侵害することになるからです。
以上のように、通常の特許と比べて、SEPの侵害の発見と立証はかなり容易であり、手間がかかりません。
SEPのデメリット
SEPのデメリットは、①FRAND (Fair, Reasonable and Non-Discriminatory) 条件でSEPをライセンスすることが義務付けられること、および、②SEPによる差止めが制限されていることです。
これらのデメリットは、標準に準拠した製品またはサービスを提供する会社(= SEPの実施者)がSEPについて高いライセンス料を要求された場合にそれに応じざるを得ない状況(すなわち、ホールドアップ)を解決するためのものです。
①FRAND条件でのライセンスの義務
標準化団体(Standard Developing Organization: SDO)は、標準に関連する知的財産権(Intellectual Property Right: IPR)についてのポリシー(以下、IPRポリシーと呼ぶ)を定めています。
IPRポリシーは、標準化活動の参加者に対して、第三者にSEPをライセンスする意思を示す宣言書の提出を求めます。
基本的には、標準化活動の参加者は、この宣言書において、FRAND条件で第三者にSEPをライセンスする意思を示すことになり、その結果、FRAND条件で第三者にライセンスすることが義務付けられます。
FRANDとは、公平 (Fair)、合理的 (Reasonable) かつ (and) 非差別的 (Non-Discriminatory)の略語です。つまり、FRAND条件でのライセンスとは、公平、合理的 かつ 非差別的な条件でのライセンスを意味します。
例えば、同じ前提条件の2つの会社(会社Aと会社B)がある場合に、標準化活動の参加者は、自らのSEPについて、会社Aには低いライセンス料を求め、会社Bには高いライセンス料を求めるようなことはできません。なぜならば、このようなライセンスは、公平ではなく、差別的であるからです。
例えば、標準化活動の参加者は、自らのSEPについて、合理的なライセンス料よりも高いライセンス料を求めることはできません。
②差止めの制限
SEPによる差止めについては、国内外で様々な判例があり、様々な判断が下されています。さらに、各国におけるSEPに関するガイドラインでも、SEPによる差止めについての考え方が示されています。
基本的には、SEPによる差止めは、通常の特許による差止めと比べてかなり制限されています。上述したホールドアップを解決するためです。差止めを制限する法的な根拠は国によって異なります。
ただし、SEPによる差止めが全く認められないということではなく、状況によってはSEPによる差止めが認めらています。
大雑把に言うと、SEPの実施者がFRAND条件でSEPのライセンスを受ける意思を示さない場合や、SEPの実施者がSEPのライセンス交渉において誠実に対応しない場合には、SEPによる差止めが認められています。
このようにSEPによる差止めが認められるのは、SEPの実施者がライセンス交渉の回避や遅延によりライセンス料を支払わない状況(すなわち、ホールドアウト)を解決するためです。
標準必須特許 (SEP)と通常の特許との活動上の違い
知財担当者の活動の観点では、標準必須特許 (SEP)と通常の特許との間でどのような違いがあるのでしょうか。
ここでは、知財担当者の主な活動である権利化と係争の観点から、SEPと通常の特許との違いを説明します。とりわけ係争については、自社特許の活用と、他社特許からの防御の観点から、この違いを説明します。
権利化
通常の特許出願では、なるべく広い技術的範囲をもつ発明のクレームで特許を取得することを目指します。そのため、出願時には、なるべく広い技術的範囲をもつ発明のクレームを作成します。また、出願後も、審査で引例として挙げられた先行技術を回避しつつ技術的範囲がなるべく狭くならないようにクレームの補正を行います。
一方、SEPを狙った特許出願では、標準技術を包含する技術的範囲をもつ発明のクレームで特許を取得することを目指します。そのため、出願時には、将来標準化されそうな技術を包含する技術的範囲をもつ発明のクレームを作成します。また、出願後は、標準化の状況を踏まえて、審査で引例として挙げられた先行技術を回避しつつ実際に標準化された技術(すなわち、 標準技術)を技術的範囲が包含するようにクレームの補正を行います。
なお、SEPを狙った特許出願については、別の記事でさらに詳しく説明します。
自社特許の活用
通常の特許のライセンスの場合には、他社の製品またはサービスが自社の特許を侵害しているかが争点となります。そのため、ライセンス交渉では、自社の特許のクレームと他社の製品またはサービスとの対応を示すクレームチャートを他社に提示し、他社の製品またはサービスが自社の特許を侵害していることを主張します。
一方、SEPのライセンスの場合には、自社の特許がSEPであるか(すなわち、自社の特許が標準に合致しているか)が争点となります。そのため、ライセンス交渉では、自社の特許のクレームと標準技術との対応を示すクレームチャートを他社に提示し、特許がSEPであることを主張します。
なお、自社SEPの活用については、別の記事でさらに詳しく説明します。
他社特許からの防御
通常の特許のライセンスの場合には、自社の製品またはサービスが他社の特許を侵害しているかが争点となります。そのため、ライセンス交渉では、まず、自社の製品またはサービスが本当に他社の特許を侵害しているのかを確認します。そして、確認の結果次第では、自社の製品またはサービスが他社の特許を侵害していないことを主張します。
一方、SEPのライセンスの場合には、他社の特許がSEPであるか(すなわち、他社の特許が標準に合致しているか)が争点となります。そのため、ライセンス交渉では、まず、他社の特許が本当にSEPであるかを確認します。そして、確認の結果次第では、他社の特許がSEPではないことを主張します。
なお、他社SEPからの防御については、別の記事でさらに詳しく説明します。
まとめ
SEPとは
標準必須特許 (Standard Essential Patent: SEP) とは、標準 (standard) に準拠するために実施せざるを得ない発明の特許であり、より具体的には、標準 (standard) で定められている技術(以下、標準技術と呼ぶ)を包含する技術的範囲をもつ発明の特許です。
SEPのメリットとデメリット
SEPのメリットは、特許侵害の発見と立証が容易であることです。
SEPのデメリットは、FRAND条件でSEPをライセンスすることが義務付けられること、および、SEPによる差止めが制限されていることです。
SEPと通常の特許との活動上の違い
権利化についての違いは、以下のとおりです。
通常の特許出願 :なるべく広い技術的範囲をもつ発明のクレームでの特許取得を目指す
SEPを狙った特許出願 : 標準技術を包含する技術的範囲をもつ発明のクレームでの特許取得を目指す
自社特許の活用についての違いは、以下のとおりです。
通常の特許のライセンス:他社の製品またはサービスが自社の特許を侵害しているかが争点となる
SEPのライセンス : 自社の特許がSEPであるか(=自社の特許が標準に合致しているか)が争点となる
他社特許からの防御についての違いは、以下のとおりです。
通常の特許のライセンス:自社の製品またはサービスが他社の特許を侵害しているかが争点となる
SEPのライセンス :他社の特許がSEPであるか( = 他社の特許が標準に合致しているか)が争点となる